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続・学校の四季㉒「町工場のペンダント」(上)


■ 中庭の会話

 放課後、隣の教室の帰りの会が終わるのを、カオルは廊下で待っていた。いつものように仲良しのユイとノゾミと3人で一緒に帰るためだった。去年までは3人、同級生だったから帰る時刻も一緒だったのだが、今年はカオルだけが隣のクラスになったので、どちらかのクラスが終わるのを待たないと3人揃って下校できなくなったのだ。少し面倒にはなったが、帰り道が途中まで同じなので一緒に喋りながら帰るのが楽しみで、カオルは待たされることもあまり気にはしていなかった。

 ところがこの日は、すこし様子が違っていた。廊下から窓ガラス越しに教室の中を見ると、何かトラブルが起こっているようなのだった。顔を赤くして怒った表情の男子が2人、大きな声で言い合いをしていた。ユイとノゾミは窓の外のカオルの顔を見て、〈長くなりそうよ〉と合図を送ってきた。カオルは声を出さずに口形で〈中庭で待ってる。わかった?〉と2人に訊いた。2人は無言でうなずいた。

 カオルは、中庭に行って噴水池を背にしてベンチに座り図書室で借りた本を読んでいた。すると、離れた場所で、6年生の飼育委員会の男子が2人、当番活動で池の落ち葉すくいと鯉の餌やりにやってきた。ふたりが話している声がカオルの背中のほうから聞こえてきた。

 「先週、少年野球の資源回収のときにね。ちょっと気になることがあったんだ」
 「気になること?」
 「ああ。僕の家からひとつ海側の道路に町工場が建っている通りがあるだろ。あそこの工場はいつも、段ボールや古紙をたくさん出して資源回収に協力してくれるんだ」
 「ああ、知っている。カザマ製作所だろ。で、なにが気になったの?」

 カオルは本のページをめくる手を停めた。「カザマ製作所」と聞こえたからだ。「カザマ製作所」はノゾミの家だ。それで、ふたりの話し声に集中したのだった。〈また、ノゾミの噂話をするのではないか〉、とカオルは思ったのだ。〈噂話の内容によっては許さないからね!〉とカオルは本を持つ手に力を入れ、唇を一文字に結んで身構えた。

 ところがふたりの話の内容は、カオルの予想とは違う方向へ進んでいった。
 「先週の資源回収の日に、工場の前に行くと、いつものように道端に段ボールと古紙を置いてくれていたんだけど、それがいままでと違ってたんだ」
 「いままでと違うってどういうこと?」
 「なんていうか、これまでは段ボール箱も新聞紙や雑誌も仕分けしてそれぞれ紙紐でくくってくれていたんだけれど、その日は、いくつか大きな段ボール箱の中に仕分けせずに詰め込んでいたんだ。そんな乱暴な出し方は初めてだった。それに…」
と言ったきり、声が途絶えた。カオルは背伸びをするふりをして後ろを向きふたりの様子をうかがった。どうやら池に給水している水道の蛇口を止めに行ったようだった。カオルは、ノゾミのパパの顔を思い浮かべた。〈たしかにノゾミのパパは、几帳面だしそんな乱暴な仕事をするはずがない〉と思った。

 すこしすると、足音が近づいてきて、また、ふたりの対話が始まった。
 「カザマのおじさんは、資源回収の日にはよく、にこにこと僕らを出迎えてくれていたんだ。先週のようなことは、これまでなかった。なにがあったんだろう、と思ったんだ」
 「仕事が忙しくて、準備する暇がなかったんじゃないかな」
 「僕もそう考えたんだよ。おじさん、きっと慌てて前の日に準備したんだよ」
 ふたりは当番活動を終えて、落ち葉拾い用の網と鯉の餌箱を持って校舎の中へ戻っていった。
 カオルもふたりの話を聞いて、〈何故だろう?〉と思った。

■ 帰り道の小箱

 ユイとノゾミがやってきたのは、それから15分程経ってからだった。
 「カオル。待たせてごめんね。帰りの会がなかなか終わらなくて」
 「いいのよ。で、あのふたりは仲直りできたの?」
 「わからない。まだ、すこし、怒っていた」
 「ふたりとも来週になれば忘れてしまうわよ。さあ、帰ろう!」
 校門を出て、しばらく道路を歩くと次の交差点で大通りに出る。その横断歩道を渡ると左折して、3人は商店街のなかを歩いていった。ユイは、道路脇の街灯に飾られた商店街のマスコット人形にひとつひとつタッチしながら歩くのが習慣だった。そして、その後ろから、ノゾミは揺れているマスコット人形の動きをひとつひとつ止めながら歩いていくも決まり事だった。カオルは、いつものふたりの光景を見ながら歩くのが好きだった。なぜか幸せな、なにかくすぐったい感覚がこころに湧いてくるのだった。

 商店街を抜けたところに枝道がある。そこで3人はそれぞれ帰り道が分かれる。ユイは直進、ノゾミは左の枝道、カオルは右の枝道へ進むのだ。
 「じゃあ、また来週ね」とユイが言ったとたん、「待って」とノゾミが手を挙げた。
 ノゾミは背負っていたランドセルを下すと、中から白い小箱を二つ取り出した。それをふたりの手に渡すと、
 「パパから、ユイとカオルにプレゼント」
と伝えた。
 「プレゼントってなんのプレゼント?」
 「パパが、いつもノゾミと仲良くしてくれてありがとう、と言っていた」
 「変なの。仲良くしているのは3人とも同じなのに」
 「ふたを開けて中を見てもいいの?」
 「もちろん」
 ふたりは、そっとふたを開けると中からプレゼントを取り出した。それは、チェーンの付いた金属製のペンダントだった。ハート形で周囲は細かい花模様で飾られていた。ただ、不思議なことに中央部分だけなにも模様が描かれていなかった。

 「パパが、手品の仕掛けをしている。裏のプラスのネジを回すと、模様が浮いて出てくる」
 「どんな模様がでてくるの?」
 「それは帰ってから」
 ノゾミは、にっこりとほほ笑んだ。
 3人は、そのあと、「じやあ、また来週ね」と手を振りながら、それぞれの帰り道を歩き始めた。すこし歩いてから、カオルは、もう一度振り返ってノゾミの方角を見た。ピンクのランドセルと黄色の上靴袋を揺らせて小走りのうしろ姿が見えた。そしてすぐに、通りの角で曲がって、もう姿は見えなくなった。

 カオルは、中庭で聞いた会話とノゾミのパパのプレゼントが頭の中でつながってなんだか不安な気持ちになった。それは、なにかが大きな布で覆い隠されているような感覚だった。

■ 日曜日のSNS

 日曜日のお昼に、ユイは来週提出しなければならない課題を確かめようと、ノゾミにスマホで連絡を送った。ところが、5分過ぎても10分経っても、連絡は既読にならなかった。こんなことは珍しかった。〈いつもなら、すぐに返信が届くのに〉とユイは不思議に思った。そのときだった。
 「ユイ。DIYセンターへ行くよ!」とパパが玄関から呼んだので、ユイはスマホの操作を止めて、急いで出掛ける用意を始めた。それで、すっかりSNSのことは忘れてしまった。

 DIYセンターへ行くことになったのは、ノゾミにもらったペンダントが原因だった。ペンダントの裏のネジは特殊な規格なのか、家にあったドライバーのどれにもサイズが合わず回すことができなかったのだ。

 DIYセンターの工具コーナーで、パパは、担当者にペンダントを見せながら話をしていた。ユイはコーナーの陳列棚を眺めて回りながら遠くからそのやり取りを見ていた。担当者は、1本のねじ回しを持ってパパの近くに来た。パパは、ユイに〈おいで〉と手招きをして、言った。
 「ユイ!このペンダントは凄いぞ!ほら、見てごらん」
 ユイは慌ててパパのところへ駆けつけた。
 ペンダントを見ると、本体部分中央の空白部分にくっきりとアルファベットの花文字で『YUI』と名前が浮かび上がっていた。  「わあ。こんな仕掛けがしてあったんだ、凄い!」
 隣にいた担当者のお兄さんは、「こんな精密な金属加工は初めて見ました。すごい技術ですよ」と驚いていた。

 ユイは、DIYセンターでこのドライバーを2本買った。パパが「1本はカオルちゃんにあげるように」と買ってくれたのだ。DIYセンターからの帰りの自動車の後部座席で、ユイは、カオルにSNSを送った。するとすぐに返信音が鳴った。
 〈ユイ、ありがとう。パパにお礼を言っておいてね〉〈ひとつ心配なことがあるの。昨日からノゾミにSNSやビデオ通話をするんだけど、全然でないのよ。ユイはノゾミと連絡とった?〉
 ユイはようやくお昼のSNSのことを思い出して、スマホの送信履歴を調べた。しかし、ノゾミに送ったメッセージは今も未読のままだった。(続く)

 

(浩)


       
※ 「続・学校の四季」シリーズは創作で、登場人物や団体名などは架空のものです。

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