■ なぞなぞ係のデビュー
第5回学級会があった翌週の金曜日の朝、学習係の『10分復習プリント』の答え合わせが終わった後、なぞなぞ係の2人が教壇に立った。いよいよなぞなぞ係のデビューだ。
クラス全員の視線を浴びて、2人は緊張していた。ユウスケがテツヤの耳元で小声でささやいた。「今日は体育の授業はないのに、どうしてタダシは体操服に着替えているんだろう?」
テツヤは呆れた顔をしてユウスケに言った。「先週の学級会のこと、覚えてないの?」
「えっ?ああ、そうか。ハンカチか」
「第1問。日本語は日本の言葉です。では、英語はどこの国の言葉でしょう?」
なぞなぞ係の2学期のデビューは、この問題から始まった。教室のあちこちから一斉に手が挙がった。指名されたトモヒロは「イギリス」と答えた。なぞなぞ係の2人は「違います!」と声を合わせた。
「それなら、分かった。グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」と今度は、地理が得意なタダシが答えた。みんなはその知識と体操服姿に驚いたが、なぞなぞ係の2人は即座に「違います!」と応えた。
「ほかにはありませんか?では、答えを言います」
「答えは、日本です。英語という言葉は、日本語です」「ああ、そうか!なるほど」
なぞなぞ係の問答はこのように進んでいく。時間があれば5問程度、短いときには2~3問、出題する。この時間、『10分復習プリント』での静寂とは対照的に教室は活気に溢れていた。小学生はやはり、純粋になぞなぞが好きなんだな、と私は思った。「なぞなぞ」は低・中学年では人気の高いクイズ遊びなのだが、高学年には幼すぎるのではないか、と勝手に私は思いこんでいた。しかし、なぞなぞ係の活動が始まると、クラス全員『10分復習プリント』の後のこの時間を待ちわびるようになった。それがよけいになぞなぞ係の2人のやる気を掻き立てたようだった。
■ なぞなぞの超難問
私がなぞなぞ係の出題で、興味深い問題と出合ったのは、11月の係活動のときのことだった。
「これが、今日最後の問題です。この問題はユウスケくんのおばあさんから聞いた問題です。難しいです。ぼくもわかりませんでした。ユウスケくんのおばあさんはこの問題を、おばあさんのお母さん、つまりユウスケくんのひいおばあさんから教わったのだそうです。みんなに時間をかけてゆっくり考えてもらうために、答えは来週月曜日に『なぞなぞコーナー』にプリントを貼りだして発表します」とテツヤが言うと、みんなは一斉にユウスケに注目した。〈ひいおばあさんのなぞなぞってどんな問題なんだろう〉と大いに興味を引いたようである。
「では、問題を言います。階段を2階に上がったり、2階から下りたりするときにいちばん大事なことはなんでしょう?」ユウスケはゆっくりと2回繰り返して言った。
すこしすると、教室の後ろのほうから「右側を一列で歩くこと」と声が響いた。すかさずハルカが「それは学校の階段の決まりでしょ!」と反応した。
「口々に答えないでください。さっきも言ったように、この答えは月曜日に発表しますから、来週まで考えておいてください」とテツヤは念を押した。
ユウスケの生家は町家で、おばあさんの代までは、茶葉を扱う商店を営んでいた。町家であるから、間口は狭いが奥行きは長い。その2階がおもに倉庫兼家族の生活空間だった。おばあさんの代に店舗は閉じて町家を改築し、いまはおばあさんとユウスケの家族が一緒に住んでいる。この問題はユウスケがおばあさんから直接、教えてもらった。そして、いまではユウスケもその「教え」を守るようになった。というよりも、試しにやってみて、それでなるほどと納得し、習慣になったのである。
翌週の月曜日の昼休み、「なぞなぞコーナー」に先週の問題の答えが発表された。給食食器の返却指導を終えて、私が教室に戻ると「なぞなぞコーナー」の前には人だかりができていた。
■ 貼り出された「なぞなぞ」の解答
問題『階段を2階に上がったり、2階から下りたりするときにいちばん大事なことはなんでしょう?』(出題者:ユウスケくんのひいおばあさんとおばあさん)
答え『用事を3つ考えること』
その答えを見たとき、私ははじめ、なんのことか理解できなかった。少し考えたが、まだ判然としないので解説を読むことにしたのである。そこにはこう書かれていた。
おばあさんの話(インタビュアー:ユウスケ)
「たとえば、ユウスケが2階の自分の部屋にいて、ごみ箱にごみがたまったので1階の台所へごみを捨てに行こうと思ったとします。でも、そのときユウスケはすぐに、ごみを捨てに行ってはいけません。ではどうするかと言うと、『用事が3つ揃ったら行こう』と考えるのです。たとえば、『あと30分待ったらおやつの時間になる。そのときに台所へ持っていこう』これで2つ。でもまだ行ってはだめ。あとひとつ用事を考えるのです。『夜、お風呂に入る準備に、お風呂場に着替えを運んでおこう』これで3つ。3つ用事が揃ったら準備をして、1階へ降りていきます」
「どうしてそれが大事なのか不思議に思うでしょう。おばあさんは昔、その理由をひいおばあさんから聞きました。ユウスケやママは今、家で商売をしていないから1階と2階を何度も行き来することも少なくなりました。でも、おばあさんの時代は子どものころから、それはもう1日になんども1階と2階の間を往復したのです。お父さんから『2階のアレ持ってきて』とか『お店にコレ持って行って』とか用事を頼まれて、もう嫌になるくらいお手伝いをしました。それで、先のことを考えたり順序立てて準備して行動したりしないと、疲れて足がくたくたになってしまうことがよくあったのです。だから、ひいおばあさんがいつもそう教えてくれたのです。『用事を3つ考えること』が大事なんだと」
私がこの解説を読んでいると、前のほうからユカリとハルカの話声が聞こえてきた。
「おばあさんの気持ち、よくわかる。だって、わたしもお兄ちゃんに『冷蔵庫からアイス取ってきて』なんて頼まれるけどめんどうで」
「ひいおばあさんは、何度も店の商品や品物を運ぶように頼まれたんでしょうね。店のお手伝い、大変だったんじゃないかな」
「わたしは3つも考えたことはなかったけど、寝る前にトイレに行くときは、必ずランドセルを背負って両手に明日の荷物を持って階段を下りるように決めているの。明日のために玄関に置いておくのよ」
「なるほど、朝はばたばたするから、つい忘れ物をしちゃうものね」
■ その後の「なぞなぞコーナー」
このおばあさんから聞いた「なぞなぞ」は反響を呼び、「なぞなぞコーナー」は瞬く間に人気のコーナーになった。これをきっかけに、次々とみんなからおばあさん・おじいさんから聞いた問題が持ち込まれるようになり、3学期にかけてシリーズ化された。予想外の人気に「なぞなぞ係」の2人は驚いたり喜んだり得意満面だった。
その後、このなぞなぞのうわさを聞きつけた4年生から「4年生も読めるようにして」とリクエストがあり、この「なぞなぞコーナー」は教室内でなく、廊下にある掲示板に貼り出されることになった。問題が出される金曜日と解答が出される月曜日の昼休みには、この掲示板前には学年を超えてたくさんの子どもが集まった。
テツヤがおじいさんから聞いた野菜作りのなぞなぞ、かつて国際線旅客機の客室乗務員をしていたハルカのおばあさんの「外国人のお客様から聞いた世界のなぞなぞ」など、市販の問題にはないバラエティ豊かで個性的な問題が出題された。しかも「○○さんの○○おじいさん」と出題者の名前入りで掲載されたので、その評判が口コミで家庭まで広がり、保護者の間でも話題になるほど人気を博した。
私にとっては、教室での係活動が教室の枠を超え、ほかの学級や学年を巻き込む思いもよらない展開となった初めての出来事だった。そして、この経験は、私のそれまでの学級経営や特別活動の指導のあり方を見直す契機となり、それ以降の私の教育実践の方向を変える大きな転換点にもなったのだった。
(浩)
※ 「続・学校の四季」シリーズは創作で、登場人物や団体名などは架空のものです。