» コラム

元・公立学校の養護教諭 妖怪先生のつれづれ話④  妖怪先生、「大洗礼」を受ける!!  

保健室から出て自から子どもたちの中に入っていく先生

環境緑化活動を中心として、子ども達と深い交流が増したのち、私の学校生活は毎日がとても楽しいものになりました。

 

しかし、児童数が少ないためか保健室を利用する子はほとんどおらず、すり傷や切り傷、捻挫などをしてしまった子が、ごくたまに来るだけで、私の保健室は開店休業の状態でした。

 

「それならば!」

 

と、私のほうから子ども達のところに行き、より交流を深めるよう努めました。その甲斐があり、毎日ほぼ全校児童と必ず1回はお話をすることができました。

 

そして、そのときに子どもたちのよもやま話や、悩みなどを聞いたりして、一緒に笑い、考え、児童ひとりひとりの心をつかむべく、自分なりに精一杯の努力をしていったのです。

 

そんなある日、今までにない大きな事故が発生しました。

 

 

教師になってから初めて児童の大けがを目の当たりに

それは、ある日の休み時間の事でした。

 

5年生のТ君が友達とサッカーをやっていて、キーパーだった彼が、友人の蹴ったボールを取ろうとして、ゴールポストに頭部を激突させてしまったのです。

 

 

驚いた友達は、必死になって私を呼びに来ました。

 

「先生、大変だ!Т君がゴールにぶつかり頭からたくさん血が出ています!」

 

私は、すぐにタオルを一つ持って、現場に行きました。

 

Т君の周りは人だらけ。そこをかき分けていくと、Т君の頭部は、6~7cmほどぱっくり割れて、出血がひどい状態でした。

 

私は、タオル一枚だけでは間に合わないと思い、すぐに近くの子に保健室からタオルを5~6枚ほど持ってくるよう指示して圧迫止血をしました。そして、校長先生と話し合い、保護者の方をすぐに呼んで、近くの学校医の医院(……といっても車で20分くらいかかるのですが)に保護者の車で搬送したのです。

 

本来ならば、救急車やタクシーで搬送するのがのぞましいのですが、学校が都市部からかなり離れていることや、頭の傷からどんどん出血している状態を考えると、一分でも早く医療機関につなぐ必要性を感じました。

そのため、救急車が来るまで待てないと判断したのです。

 

幸い、Т君の家は学校の近くだったことと、保護者の方が家で仕事をしていましたので、すぐに来てくれました。

 

私は、彼の頭を6枚のタオルで圧迫止血をしながら本人と後部座席に乗り、学校医である医院に搬送したのです。

 

大量の血 衝撃的な体験を乗り越えて……

ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、人間の頭はかなり出血をします。私は、6枚の枚のタオルで抑えましたが、みるみるうちに赤く染まり車のシートにも血が……。

 

 

でも、必死に抑えている私の気も知らず、本人は至って元気だったのは不幸中の幸いでした。

 

医院に着くとさっそく縫合です。

ドクター曰く「いや~頭は血がでるからね~」

とのこと。

 

治療が済んで、本人はほっとした様子でしたが、少し経つと親に泣きつきました。内心とても不安だったのでしょうね。ほっとしたのは、私も同じです。

 

帰り際に、親御さんに丁重にお礼を言われ、学校に帰りましたが、職員室に入るなり、先生方が悲鳴を上げました。それもそのはず。私の着ていた真っ白の上下のテニスウエアが、全身真っ赤に染まっていたからです。

 

「6枚のタオル、車のシート、そして私のウエアが血に染まった」

 

それを考えたら、(情けない話ですが)次の瞬間ものすごい脱力感に襲われ、しばらく動けなくなってしまったのです。

 

翌日、Т君は何事もなかったように元気に登校しました。親御さんから学校生活での注意点を聞き、当分の間注意深くみていきました。

 

おかげ様で、後遺症もなく完治した時は、心の底からに安心したのを覚えています。

 

生まれて初めての「血の洗礼」

 

これは私にとって衝撃的な体験でした。この時からです。ちょっとの事では動じなくなったのは。

 

人間は、想像以上の体験をすると行動が変わる場合がありますが、私の場合もそうでした。

 

もともと神経質で小心者の私でしたが、「肝っ玉のすわった、図太い私」に変わるきっかけを作ってくれたのです。

(元保健室の妖怪先生)

スポンサードリンク