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続・学校の四季⑥「虹色のドーナツ」(下)

 

 タカシが泣いたきっかけはなんだったのだろう。写真を見たときは、すぐには思い出せなかった。たいしたことではなかったような気がする、と思った瞬間、思い出した。お弁当だ。きっかけは弁当を開けたときだった。リョウヘイはお母さんが手作りしたとは思えない豪華な和風弁当だった。ぼくは、定番のいなりと巻き寿司弁当だった。ところがタカシの弁当は、コンビニのハンバーグ弁当だったのだ。

 

 3人が互いの弁当を見比べて少しして、突然、タカシは声を上げて泣き始めた。ぼくとリョウヘイは喉が詰まって声が出なかった。ぼくはリョウヘイに耳打ちをして、リョウヘイの弁当の厚焼き玉子をタカシにあげるように促した。厚焼き玉子はタカシの大好物だった。リョウヘイはすぐに厚焼き玉子をお箸で挟むと、「タカシ、泣くなよ。お母さんは忙しかったんだよ。きみのお母さんが仕事で忙しいのはぼくらも知っている。それに、このハンバーグ、大きくてとってもうまそうじゃないか」と言って、厚焼き玉子をハンバーグの横に置いた。ぼくは、情けないことにうまく言葉が出てこなかったので、黙って厚焼き玉子の横に巻き寿司をひとつ置いた。

 

■ タカシとの再会

 

 ぼくがこのベーカリー店を開いたのは、30歳になった年だ。専門学校を卒業して洋菓子店に就職し、ほとんど休暇も取らず働いて貯金をした。その資金を元手に銀行から融資も受けてこの店舗を借りた。開店して間もないある日、午後の休憩時間に店でテレビの情報番組を観ていると、突然、タカシが現れた。テレビの出演者として。「現地からの中継です」というアナウンスとともに、バケットハットをかぶり眼鏡をかけたタカシが画面に映った。画面の下にはテロップで間違いなくタカシの名前が書かれていた。顔は日焼けをしていて、手にはプロ用の捕虫網を持っていた。「NPO法人・河川の生き物を守る会・理事」と肩書が映し出された。

 

 ぼくは、急いでスマホを取り出しリョウヘイに電話をした。「すぐにテレビを」と言い始めると「いま、観てるよ」と返事があった。「驚いた」「こんなこともあるんだ」と電話で話しながらタカシのコメントを聞いた。「この河川には昭和初期から水生生物の観察記録が残されています」それはハンバーグ弁当で泣いていたタカシとは別人だった。ぼくは深い感慨に浸った。

 

■ 写真を飾った日

 

 テレビ番組をきっかけにリョウヘイとぼくは、このNPO法人を調べてタカシと連絡を取りました。そして、その翌月の休日に20年振りにリョウヘイの家で3人集まることになったのです。

 

 タカシは、中学校を卒業して都会の機械工場に就職したのだそうです。それでも休日は水生生物の観察を続けていて、たまたま川へフィールドワークに来ていた大学の先生から、働きながら大学入学資格検定を受けることができることを教えてもらい、5年かけて受験資格を取ったのだそうです。その後、大学に入学し生物学教室で研究を続けて現在のNPO法人に就職したのだ、とタカシは話していました。その話をするときには、愚痴はひとつもなく、苦労を苦労とは言わない大人のタカシがいました。日焼けした顔がよけいに精悍に見えました。タカシのこれからの目標は、「子ども向けの生物図鑑を出版すること」だそうです。それは、タカシが小学生の時に言っていた夢と同じでした。

 

 ぼくは2人に出会うまで、自分の周りの社会にまるで関心がありませんでした。小学生は普通そういうものなのではないでしょうか。学校の先生には小学生の発達段階がわかると思いますが、ぼくは当時自分のこと以外、世の中がどうなっているのかまるで分かっていなかったのだと、つくづく思います。それに気づかせてくれたのが、タカシでありリョウヘイでした。教室では皆、同じように勉強しているのに、家に帰るとまるで違う生活を過ごしている。ぼくは今でも、タカシより水生生物に詳しい大人と出会ったことがないし、今でも、リョウヘイの家より立派な家を訪れたことはありません。それでも、そんなぼくらは教室のなかでは仲間だった。人それぞれに違う夢や生活があり、でも人それぞれに懸命に支えあって生きている。そんなことをぼくは教室で2人から学んだのです。

 

 ぼくがあの写真を店に飾ろうと思い立ったのは、3人で明け方まで話し込んだ日の翌日です。ぼくはタカシの話から、人生の目標を掲げ続けることがどれほど大事か、そのことを実感しました。その日からあの写真は、ぼくの記念写真になりました。リョウヘイはその後、会社の取締役会に提案して、このNPO法人に出資し協賛企業になることを決めました。自分が主導した初めての案件だと嬉しそうに話していました。ぼくもいまでは賛助会員のひとりです。

 

■ 3年後のベーカリー

 

 それから3年後、私はベーカリーの店長が全日本洋菓子コンクールで奨励賞を受賞したことを、商店街のチラシで知った。年末のクリスマス商戦に向けたチラシのトップニュースとして、ベーカリー店の前に立つ店長の写真入りで、その記事は大きく取り上げられていた。商店街にとっても、それは名誉あるニュースだったのだ。

 

 お祝いの花束を持って私は、久しぶりに店を訪れた。3年前、初めてこの店を訪れたときには、失礼だがあまり繁盛しているとは思えなかった。しかし今は、店の前には行列ができていて店内も客で溢れていた。暫く行列に並んで店に入ると、中央のショーケースに受賞記念トロフィーとともに受賞作品が商品として陳列されていた。カラフルなポップ文字で描かれた受賞作品名は『虹色のドーナツ』だった。

 

 私は、壁の写真に視線を移した。あの小さな写真と並んで、ひときわ立派な賞状が誇らしく飾られていた。いつか教え子に、この話の続きをしよう、と私は心に決めた。

(浩)

※ 「続・学校の四季」シリーズは創作で、登場人物や団体名などは架空のものです。

※ 国家試験である「大学入学資格検定(大検)」は2005年度から、「高等学校卒業程度認定試験(高認)」に制度移行しています。

 

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