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続・学校の四季➄「虹色のドーナツ」(中)

 

■ 人騒がせな転校生

 

 タカシが転校してきたのは、5年生の5月のことだった。初めて教室に入ってきた日のことはいまでもよく覚えている。何を思ったのかタカシは、昆虫の飼育箱を手に持って現れたのだ。簡単な自己紹介をしたあと、その箱を開けてなかにいたトノサマガエルとアマガエルを1匹ずつ手で捕まえて取り出し、そのカエルにつけた名前も紹介したのだった。取り出した時点から前の席に座っていた子には、のけぞって席から逃げる身構えをする子もいたのだが、名前の紹介が終わると同時に手のひらからトノサマガエルが飛び上がった瞬間、「ギャアー」とか「キャア」とかいう悲鳴とともに大勢の子が教室のうしろへと逃げていって、教室は騒然となった。

 

 そのトノサマガエルをぼくの椅子の下から捕まえたのがリョウヘイだった。リョウヘイは捕まえたカエルを飼育箱に入れると何食わぬ顔で自分の席に戻った。その様子をクラスのみんなは唖然として見ていた。それから数週間は、「あのときのリョウヘイくんはかっこよかったよね」というのがクラスの女子の決まり文句になった。

 

 タカシはちょっと変わった転校生で、なかなかクラスの子と打ち解けなかった。そんなタカシとぼくが仲良くなったのは、帰り道が途中まで同じだったこともあるけれど、結局ふたりとも、川の生き物が好きで気が合ったというのが理由だ、といまでは思う。そののちリョウヘイとぼくらは3人で、近くの川へ生き物採集に出かける仲間になるのだが、それもタカシがまた転校してしまうまでの短い期間だった。

 

■ リョウヘイの生物図鑑

 

 ある日、タカシと一緒に下校している途中、ぼくが住んでいるマンションへ曲がる道で別れ際に、「じゃあ、また明日」とあいさつをすると、タカシは「君んちはあのマンション?」と訊いてきた。「ああ、3階なんだ」と答えると、「いいなあ。学校の教室みたいに遠くの景色が見えたり涼しい風が入ってきたりするんだろ?」と言った。あまりにうらやましいという表情だったので、ぼくは答えに困った。タカシは「ぼくの家はアパートの1階でさ、窓を開けても見えるのは隣の建物の壁くらいで涼しい風も入ってこない。おまけにクーラーもないんだぜ」と眉をしかめて言い、「じゃあ、明日」と手を振った。

 

 リョウヘイから誘いがあったのは、この出来事があってから数日後のことだった。「今度の日曜日、塾が休みなんだけどタカシと一緒に家へ遊びに来ない?」リョウヘイは塾がない日にたまに、ぼくを家に誘うことがあった。リョウヘイの部屋には生物図鑑が何冊も置いてあって、それを読みながら生き物の話をするのをぼくらは楽しみにしていた。「タカシには飼育箱を持ってくるように言っておいてよ」とリョウヘイが付け加えたので、どうしてタカシも誘ったのかぼくは理由を合点した。しかし、ぼくは今回のリョウヘイの誘いはどうも気が進まなかった。先日のタカシの言葉が心に引っ掛かっていたからだ。

 

 リョウヘイの家は、高い塀に囲まれた大きな一軒家だった。パンフレット写真に載っているような豪邸だ。ぼくがリョウヘイに誘われて初めて訪問したとき、その豪邸の巨大な門の前でぼくは信じられなくて、自分が道順を間違えたか、彼が家の場所を間違えて教えたか、どちらかに違いないと、何度も自分に言い聞かせたほどだ。その家へタカシを連れて行くのだ。

 

 ぼくのそんな心配をよそに、タカシはリョウヘイの家で終始ご機嫌だった。家の雰囲気に圧倒されたのははじめだけで、それよりも生物図鑑との出会いやおやつに出されたケーキの豪華さに我を忘れているようだった。帰り際にリョウヘイの母親に、タカシはお礼のあいさつをしたあと「今度、塾が休みになるのはいつですか?」と訊いたときには、その厚かましさにぼくは恥ずかしくなって顔が赤くなった。

 

■ 写真を撮った日

 

 あの写真は、リョウヘイが自撮りした写真だ。しかもその写真をぼくが貰ったのは、それから8年も経ってから、成人式の会場でリョウヘイと再会したのがきっかけだった。そのときリョウヘイは大学生で、ぼくは、2年間アルバイトで働いて貯めたお金を学費にして、洋菓子専門学校に入ることになっていた。「タカシはどうしているかな?タカシは『生物図鑑を書くのが夢』と言っていたから、まだ生物の勉強を続けているのかな?」とリョウヘイはしきりとタカシのことを話題にした。リョウヘイは志望どおり大学の理学部生物学科に入学したのだが、昨年、父親の会社を継ぐために経済学部経営学科に編入学したと言っていた。生物を研究する夢は諦めたのだ。

 

「そういえば、タカシと3人で写真を撮ったことがあったよな、覚えてる?」と訊かれたとき、ぼくにはまるで記憶がなかった。でも、それから一週間程して郵便で、リョウヘイから届いたあの写真を見て記憶が甦った。

 

 あれは運動会の日の昼休みに撮った写真だ。あの日は、3人で一緒に教室で弁当を食べようと約束をしていた。タカシがしぶい顔をしているのには理由がある。タカシは写真を撮る直前まで泣いていたのだ。それを元気づけようとリョウヘイはカメラを取り出して、写真を撮ったのだ。でもそれは半分成功して、半分は失敗した。タカシは泣き止んだが、シャッターを押すとき、3人ともとても笑顔にはなれなかったのだから。(続く)

(浩)

※ 「続・学校の四季」シリーズは創作で、登場人物や団体名などは架空のものです。

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