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続・学校の四季④「虹色のドーナツ」(上)

 

■ 商店街のベーカリー

 

 北町商店街は、町の中心地を南北に繋いでいる歴史の古い商店街で、幾何学模様の石畳が敷き詰められた路幅5メートル、全長80メートルのアーケード街である。その南入り口から北の方角に歩いていくと程なく、貴金属店と雑貨店の間に右折れの枝道が現れる。そこを曲がると左手に、ひっそりとそのベーカリーが店を構えていた。

 

 私が勤務帰りにその店に立ち寄ったのは偶然で、初冬の薄曇りの夕方、バス停へ急ぐ近道としてたまたま曲がったときに目に留まったのだった。店頭に並べられた総菜パンが魅力的で買って帰ろうと思ったのである。

 

 入口ドアには格子状に装飾ガラスがはめられ、真鍮製の取っ手を引くとカランカランと乾いた音色の鈴が鳴った。奥から「いらっしゃいませ!」と店員のあいさつが響いた。こじんまりした店内には、数十種類のパンが所狭しと置かれていて焼きあがったばかりのパンの香ばしい匂いが充満していた。私は、気に入った総菜パンをトングでトレイに取り分けた。

 

 レジに向かって歩み始めたとき、ふと見上げた壁時計の横に不思議な写真が飾られているのを、私は見つけた。それは、木製フレームに収められたワイド判の色褪せたカラー写真だった。体操服の小学生の少年が3人、こちらを向いている。左側の少年が自撮りした写真だ。教室で撮影されたようで、背景には机や椅子、黒板の一部分も映り込んでいる。ところが、記念写真ではよくするように顔の近くで二本指を立ててピースをするわけでもなく、なによりも笑顔でないのが奇妙だった。右側の少年は目元が泣き顔ではないかとさえ思われた。撮影のわくわく感もなく突然撮られたスナップ写真という印象だったのである。

 

 私はこの写真に興味をもった。どういう事情でこの写真が撮られたのか、なぜこの写真を店内に飾っているのか、その理由が知りたくなった。パンを載せたトレイを持って私はレジに向かった。現れた店長の顔を、写真に写ったどの少年か確かめようと、私は店長の表情を観察した。店長の顔は、写真の中央に写った少年の面影を残していた。

 

 しかし私は、問うのを止めることにした。初対面の客に語ってくれるような話題ではないのではないか、事故や病気で亡くした友だちへの追悼なのかもしれない、と思い直したのである。私はパンの包みを背中のカバンに詰め込んで、その店を後にした。次のバスの時刻が迫っていた。

 

■ 記念写真になった写真

 

 その3週間後に再び私は、仕事の帰途にそのベーカリーを訪れた。今度は、総菜パンを買うためではなく写真のことを訊こうと思っていた。そのために私は、夕方からスケジュールのない日に、しかもベーカリーが混み合わない時間帯を周到に選んだ。思ったように、店は空いていて客は私一人しかいなかった。私はこの日のために、声をかける切り出しの話題も用意していた。

 

 私は、総菜パンをトレイに乗せてレジ前に立った。店長に代金を支払ってから、おもむろに私は声をかけた。「店長さんは、王子丘小学校の卒業生ですか?」店長は思わず顔を挙げて、少し驚いた表情を見せた。

「ええ、そうです。どこかでご一緒しましたか?ああ、あなたも同窓生ですか?」

「いえ、私は卒業生ではないのですが、ほら、あの写真。左側に写っている子の体操服の胸の校章を知っていたものですから」

 

 私は、時計の横のあの不思議な写真を指差した。左側の大柄な少年の体操服の胸に校章が写っていて、私はそれに見覚えがあった。市内の教科教育研究会の会議で、一緒のグループになった教員が首から吊っていた職員証に同じマークが描かれていたのを、私は覚えていた。

「驚かせましたが私は、市内の小学校で教員をしています。それで、以前から王子丘小学校のことはよく知っています」

 私は少し脚色をした。王子丘小学校のことは会議で話した教員のこと以外ほとんど知らなかった。しかし店長に不信感を与えないこと、安心してもらうことが今は、いちばん大事なことだった。

 

 店長はなるほどと納得した表情を見せた。私は畳みかけるように話を続けた。

「私は今、高学年を担任しています。そのこともあってこの前お店に来たとき、この小学生の写真を見てとても気になっていました。この写真は普通のスナップ写真のようにみえます。なぜ、小学生時代の写真をわざわざお店に飾っているのだろうと、私は不思議に思ったのです」

 店長は、私の目をじっと観ていた。私は言葉を続けた。

「差し障りなければその理由を、聞かせていただけませんか。もし小学生時代の大切な思い出の記念写真だからということなら、私はクラスの子どもたちに、小学生時代の思い出が大人になっても大切な記念になることがあるのだと、話してやりたいと思うのです」

 私は話を止めて店長の目を見た。しかし店長は何も答えなかった。暫くの間、沈黙が続いた。私はすこし喋り過ぎたかな、店長は話したいという気持ちにはなってくれなかったかな、と後悔した。

 

 しかし暫くして店長は、気持ちを決めたかのようにこう話し始めた。

「あの写真は確かに記念写真として撮られたものではありません。写っているぼくですら、写真が残っていることを知らなかったのです。ぼくがあの写真を貰ったのは、撮ってから8年も経ってからのことです。しかしそののち、あの写真はぼくにとって、本当の意味で『記念写真』になりました。ぼくが将来ずっと忘れないための写真、ぼくの人生の記憶に残すべき写真になったのです」

 そこまで話すと店長は、店の隅のテーブル席に目を向けた。

「ちょうどお客さんもいませんから、あの席に座りませんか。なんだかあなたに聞いてもらいたい気持ちになりました。珈琲でも用意しましょう」と私を誘ってから、奥の店員に頼むよと声をかけたのだった。(続く)

(浩)

※ 「続・学校の四季」シリーズは創作で、登場人物や団体名などは架空のものです。

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