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学校の四季㉚「玄関ホールのコンサート」

 

 スパンコールが美しく輝くピンクのドレスを着たピアニストが紹介され、演奏する曲目が告げられると、そのピアニストは深く一礼した。一斉に拍手が沸き起こった。演奏が始まり、玄関ホールにピアノの華麗な音色が響いた。

 外は夕闇が近づいていた。

 

■ 体育館の耐震改修工事

 

 体育館を耐震改修することが決まったのは一年前の冬だった。春休みに入って、いよいよ工事関係車両が体育館前に集結し、慌ただしく部材を下ろし始めた。体育館の四方を3m近い高さの工事用仮囲いで覆うのである。

 

 郊外の山を切り拓いた新興住宅地にあるこの学校は、敷地の一部が谷を埋め立てた造成地の上に建っていた。体育館がちょうどその埋立地にあたっていて、近年、体育館の傾きが顕著になり、館内用具庫の扉や舞台下の格納庫の扉が閉まりにくくなってきていた。また、耐震検査の診断結果にも問題があることがわかり大規模改修工事が行われることになったのである。

 

 工事準備が始まった翌日の午後、現場監督から私に電話があった。今後の工事スケジュールの報告と相談があるので、校長室を訪れたいと言う。暫くすると、工事図面と工程表を携えて現場監督と担当者がやってきた。要領よく説明が進み、もう終わりかなと思ったころに、現場監督が言った。

「それから舞台の上のグランドピアノを、来週、搬出したいと考えています。保管場所は決まりましたか?」

 

(ピアノ?ああ、そうだった)と私は記憶を手繰り寄せた。3カ月ほど前に開かれた工事の説明会で、傾いていた体育館のフロアを全面的に張り替えるにあたって、舞台周りにある備品をすべて体育館の外へ移動させると説明があった。舞台下にあった折り畳み椅子を収納したキャリアーは、雨水で濡れないようにカバーを付けたうえ体育館周りに保管することや、跳び箱やマットなどの体育用具は校舎内の空き教室に移転することが決まった。最後に残ったのが、グランドピアノの移動先だったのだ。(さて、どこに保管するか)と私は考えた。搬入する手間を考えれば1階がよいのだが適当な空き教室がない。場所を決めかねて、そのときは結論が出せないままになっていたのだった。

 

「玄関ホールにお願いします。設置したあとピアノ調律はできますか?」と私が訊くと、「調律も移設経費に入っていますから大丈夫です」と担当者は答えた。その翌週、体育館のグランドピアノは専門業者によって玄関ホールに搬入された。

 

■ 玄関ホールのグランドピアノ

 

4月に新学期が始まってから暫くの間は、もの珍しさで玄関ホールのグランドピアノは子どもたちの人気の的になった。休憩時間のたびに玄関ホールには、見学者がひっきりなしに訪れて、さながら観光名所の賑わいだった。

 

「校長先生。ピアノ弾いてもいいですか?」

「少しだけならいいですよ」

 昼休憩に、希望する子どもに弾かせているうちに、意外にもピアノ演奏が上手な子どもが少なくないことに気づいた。音楽教室やピアノ教室で習っていると言っていた。

 

「ここでピアノを弾いていると、わくわくして発表会のときのような気持ちになる」

 そう言った子がいた。

 その言葉を聞いたとき、私の頭のなかにあるアイデアが浮かんだ。早速その日に、私は校長室のパソコンでその企画案を練った。

 

■ 親子ピアノコンサートのご案内

 

『爽秋の候、保護者の皆様におかれましては、平素より本校教育に格別のご支援・ご協力をいただき誠にありがとうございます。

 

 さてご承知のように本校では来春まで、体育館の耐震改修工事が行われています。その間、体育館の舞台に設置していたグランドピアノは玄関ホールに移転しております。折角の機会ですので、そのピアノを保護者や地域の皆様に開放して、楽しく自由に弾いていただこうと考えました。

 

 つきまして、下記の要項でコンサートを開催しますので、演奏をご希望の方や参加をご希望の方はお申し込みをいただきたくよろしくお願い申し上げます。』

 

 学校からの案内文書は、保護者に渡されたほか公民館にもチラシを置いてもらい、公民館を利用する方々にも参加を呼び掛けるようにした。締め切りまでの数週間の間に、演奏したい、参加したいという両方の申し込みが予想を大きく超えて届いた。それは私にとって思いもよらない反響だった。

 

■ 玄関ホールのコンサート

 

 出演・参加希望者がともに多かったためコンサートは3回に渡って開くことにした。第1夜は、ピアノのコンサート。第2夜は、ヴァイオリンとピアノのコンサート。第3夜は、声楽とピアノのコンサートと趣向を変えた。

 

 ピアニストは、本校の保護者、本校の卒業生である高校生や社会人、公民館の音楽サークルに通っている地域の住民である。ヴァイオリニストは、PTAの役員でもある保護者、声楽家は音楽教室を主宰している保護者だった。

 

 ピアノの周りを取り囲むように、折り畳み椅子を30脚程度並べて観客席もつくった。幼児から高齢者まで異なる世代の聴衆が集い演奏を楽しんだ。赤ちゃんを抱いた母親もいた。足が床に届かない幼児も椅子にきちんと正座して聴いていた。連日、満席となり追加の席を用意した。

 

 翌年の2月。体育館の耐震改修工事は無事完了し、晴れてグランドピアノは舞台の元の定位置に戻された。

 

 それで、残念ではあったが、その後、玄関ホールのコンサートは開催することができなくなった。

(浩)

※ 学校での音楽事業について、下記の連載コラムにも紹介していますのでお読みいただければ幸いです。

 学校の四季⑪「音楽が響く学校」

⇒https://www.gaccom.jp/wp/article/school-shiki-11.html

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