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学校の四季㉖「校庭の雪だるま」

 

 ■ 積雪の早朝

 

 この地域は、一年に何日か粉雪が舞うことはあっても、雪が積もるのは数年に一度という温暖な土地だった。

 その冬、「明日は今季一番の寒気が訪れる」と天気予報が予測した日があった。予報どおり夜半から冷え込みが厳しくなり、部屋の窓から外を覗くとすでに本格的に雪が降り始めていた。私は、翌朝はいつもより早く出勤することに決めた。児童の登校時の交通安全が心配だったのと職員の通勤も混乱するのではないかと気になったからである。

 

 その心配の理由は学校の立地条件にもあった。私の勤めていた小学校は小高い丘の上に建っていた。正門前の通学路は幅の狭い急な登り坂が続いており、通用門側には歩道と車道が分離帯で分けられた広い自動車道路が通っていた。通用門はその登り坂の頂上付近に位置していた。どちらの道から自動車で学校に来るにしても雪道の登り坂が待っていることになるのだった。また、通勤時には日ごろからどちらの道路も通行車両で混雑していた。

 

 翌朝、私は夜明け前に起きだし自動車で学校に向かった。職員駐車場は通用門側にあり、すでに道路は雪に埋もれてどこまでが道路なのかその境界さえ確かめにくくなっていた。私は恐る恐る低速で坂道を登り切り、雪をかき分けて通用門を開け、一面雪で駐車位置のわからなくなった駐車場にやっとの思いで車を止めた。

 

 正門前の通学路の雪かきを始めていると、事務職員と近くのマンションに住んでいる若手教員が学校を案じて真っ先に出勤してきた。私は2人に通用門前の雪かきと事務室での電話対応をするよう頼んだ。やがて通学時間帯になった。子供たちは嬉々として登校してきた。まるで雪国の子供のようにニット帽を被り手袋をしている子もいた。低学年の子供のなかには、おもちゃのスコップやバケツ、雪だるまの顔に使うのだろう石炭やミカンを持っている子もいて微笑ましかった。私は気づかない振りをして子供たちと朝の挨拶を交わした。

 

 ■ 職員室の混乱

 

 生活指導部の教員に交通指導を任せて、私は事務室へ向かった。事務室での問合せや遅刻連絡への電話対応の混乱はすでにピークを過ぎていた。しかし職員室に入ると私の心配は現実になった。複数の教員が通勤できない状況にあることが分かったのだ。自動車で遠距離通勤をしている教員から通勤途上の道路に通行規制がかかり渋滞に巻き込まれていると連絡が入ったという。そのころには、学校へと登る坂道もまた、自動車の通行が増えるにつれて道路上の雪が凍結してシャーベット状態になりスリップ事故が起きた。やがて学校前の道路も一時通行止めになった。

 

 私は、現時点での全校の状況を把握するため、各学年の主任を職員室中央のストーブの周りに呼んだ。学年主任が出勤できていない2つの学年からは代理の教員を集めた。報告を聞くと、子供の通学状況は積雪による遅刻連絡はあるものの欠席連絡はなかった。しかし、教職員はその時点で6名がまだ学校に到着していなかった。とくに遠距離通勤の3名は午前中の出勤は困難だと思われた。時計を見ると始業まで残り時間は15分しかなかった。

 

 私は報告を聞きながら考えを巡らせてメモを取り、次のように話した。

「まず午前中、担任が不在の教室ができないように各学年は合同で集会や授業ができないか計画してください。次に高学年は自習の時間を組み、たとえば総合学習の発表資料の作成などに充て教員が各教室を巡回することで、空いた教員が隣接学年の応援に行けるように時間割を組んでください。また、各学年教員がその段取りと準備をするために、1時限目終了時刻まで1~3年生にグラウンドを開放して自由に雪遊びをさせます。その後、2時限目は4~6年生にグラウンドを開放することにします。なお、グラウンドの管理は校長、教頭、教務主任でします」

 

 そう言い終えてメモから顔を上げると、私を見つめる教員のにこにこした笑顔が迎えてくれた。

 

 ■ 雪だるまの展覧会

 

 午前8時10分、始業のチャイムが鳴った。

 程なく校舎のあちらこちらの教室から子供たちの歓声が沸き上がった。

 しばらくして昇降口から低学年の子供たちが「雪だるまを作ろう!」「雪合戦をしよう!」と叫びながら一斉に出てきた。

 2、3階の教室の窓からは、高学年の子供たちがうらやましそうな顔でその様子を眺めていた。

 

 私は昼休憩にもう一度、グラウンドに出てみた。校庭には至る所に、工夫を凝らした表情豊かな雪だるまが、大小いくつも立っていた。それは、さながら雪だるまの展覧会のように見えて壮観だった。やがて雪だるまは午後の太陽の光を浴びてきらきらと輝きだし、少しずつ雫を垂らして溶け始めた。そしてその雫もまた光を反射して美しく輝いていた。

 

 その日一日、学校に保護者からクレームの電話は一本も掛かってこなかった。

(浩)

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