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学校の四季㉓「学校の研修」(上)

 

 ■ 中学校の公開研修会

 

 知人の副校長から「今度、公開研修会をするので久し振りに来ませんか」と誘いを受けたので11月の金曜日に、その中学校を訪問した。

 

 今回の「公開研修会」は、文字どおり各教科の授業を他校の教員に公開し参観できるようにした研修会だった。しかも各教科でIT端末を活用した授業を展開するというのである。

 

 じつはこの中学校は大学の附属中学校で、公立中学校とはさまざまな違いがある。例えば、カリキュラム編制が比較的自由であったり、施設設備も大学の裁量で充実できたり、外国の中学校との交流もできたりする。またもちろん、大学教官による学術的・技術的なサポートや指導もあるし、今回のように教育研究の公開も数多く開催されている。

 

 ■ IT端末(iPad)を活用した授業

 

 当日は各教科の授業が公開されたが、私は時間的な制約があったので理科と美術科の授業を15分ずつ参観した。

 理科の授業は、「音の性質」に関する授業だった。音の高さや大きさ、伝わる速度について生徒自身が音の実験をする。音を可視化し測定することで音の波としての性質を理解させるのがねらいである。

 3つの実験グループに分かれて、iPadアプリの「ウゴトル」や「Googleサイエンスジャーナル」を用いて音の速度、大きさや高さを測定するというものだった。

 

 美術科の授業は、「卒業制作」に関する授業だった。この「卒業制作」は学年全員が同じテーマで制作することになっていて、そのテーマや制作技法・内容を生徒が考え企画を発表するという授業展開だった。当日は、各班で企画したアイデアをプレゼンテーションし投票を行う設定になっていた。

 各班は制作イメージを、iPadアプリの「Padlet」を用いてスクリーンショットで残していた。それを基に材料などの金額、作品サイズ、制作工程、作品の運搬・搬入など具体案を示しながらプレゼンテーションを行なった。

 

 公開された各教科の授業に共通して用いられていたアプリは、「ロイロノート スクール」で、生徒はiPad上でノートとしてこのアプリに実験結果やメモなどを記録しつつ、指導教官とも共有していた。生徒が課題を終えたかどうかを教官は、教室前方にあるスクリーンにプロジェクターで投影されている画面でリアルタイムに確認していた。また生徒も、グループメンバーの学習課題や実験の進捗状況を確認していた。

 

 私はこれらの授業を参観して、30年程前のCAI教育を思い出していた。それはパーソナルコンピューターがアメリカで発明されてから始まった学校でのコンピューター教育のことである。

 

 ■ ICT(Information and Communication Technology)教育の歴史

 

 ICT教育がCAI教育と呼ばれていた時代がある。私が教員になった1980年代は16ビットのPC(personal computer)が出始めたころで、学校教育でこれを活用しようと「コンピューター支援教育 CAI(computer assisted instruction)」が始まったばかりだった。当時PCは高価で、一般家庭で購入されるような機器ではなかった。また、そもそもPCの活用内容が限られていて家庭生活には役に立たなかったのである。

 

 学校に導入された最新のPCは当然、国策であるから国内メーカーの機種だった。NECのPC-9800シリーズ、富士通のFMシリーズ、シャープのX68000シリーズが中心で、私の勤めた学校のコンピューター教室には富士通のFMシリーズが導入されていた。

 

そのころのCAI教育の先進研究校は筑波研究学園都市にある学校で、視察に行くとシャープのX68000シリーズが使われていた。それで私は、それ以降はこの学校に視察に来るのは諦めた。当時のPCソフトウエアは各社の機器で互換性がなく視察をしても自分の学校で活用することができなかったからである。

 

 ちなみにこのころのPCは、コンピューター教室内でこそ親機と有線ネットワークで結ばれてはいたが、それでも結局個々のPCにアプリケーションソフトを起動させるには毎回、1台1台システムデータが入ったFD(Floppy Disk)を読み込ませて起動させる必要があった。今のICT機器に慣れ親しんでいる保護者の世代には隔世の感があると思う。しかし、現在では常識になっているインターネットや無線LANの技術もそのころは発明されてはいなかったのである。インターネットはもともと軍事技術で、企業や家庭に汎用され普及するようになったのは1990年代半ばからである。

 

 参観していた教室で、この研修会の助言に来られていた大学教授に久し振りにお会いし挨拶を交わした。この教授がまだ大学の常勤講師だったころからのお付き合いで、名刺交換をすると「大学院 専攻長」と肩書が記されていた。

「4月から私も管理職になりました」と少しきまり悪そうに付け加えた。「それはおめでとうございます」と私は心から喜んだ。

 

 「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」とはいうが、そのことを実感しながら私は、学校を後にした。(続く)

(浩)

 

※ ICT教育については、下記のコラムも参照ください。

 学校の四季⑫「ICTが変える未来の教室」

⇒https://www.gaccom.jp/wp/article/school-shiki-12.html

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