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学校の四季⑳「『読書はなまるデー』顛末記」(上)

■ PTA文化部での議論

 

 

 風薫る5月。体育館で開かれるPTA総会で私は、新しい学校の取組みを発表することになっていた。主催者席に座り自分の出番が来るのを待つあいだ私は、前年末に行われたPTA文化部の会議で交わされた議論の一幕を思い出していた。

 

 「なぜ文化部の私たちがその事業を主催する必要があるのですか」「それは本来、学校がすべき活動ではありませんか」

 そんな非難めいた発言が続いたあと、私はおもむろに発言した。

 「誤解しないでください。私たちは学校の仕事を文化部に押し付けようなどと考えているのではありません。この事業は当然、学校が主体的に進めていく考えですけれども、これはそもそも家庭の協力がなければ始まりませんし成り立ちません。家庭でしっかり取り組んでもらうことが効果をあげることにつながります。そのために文化部にお力添えいただけないかとお願いしているのです」

 

 この文化部の会議で学校側が提案したのは、子どもの生活習慣をよりよくするために家庭でテレビなどメディアを消して読書をする日を設定するという内容だった。毎月一日、1年で10回(8月と3月は除く)、子どもは家に帰ったら「ノーテレビ、ノーゲーム、読書の日」にしようというのである。

 

 学校が示したこの「読書の日」原案に対して当初、文化部の部員からは批判的、否定的な意見が続いた。しかし、詳しく説明を重ねるうちに逆に肯定的な意見や積極的な提案も出てくるようになったのである。その意見を聞いていると、現在の多様な家庭状況を踏まえて現実的で思慮深い内容が含まれており、私自身考えさせられ共感する部分が多かった。

 たとえば、月のうち特定の日(曜日)を指定すると、商売をしている家庭や会社の勤務シフトの都合で保護者がどうしても不在になり子どもの様子を見守ってやれない家庭ができるのではないか、という問題点である。また、ノーゲームはまだしも、その日に保護者や兄弟姉妹が楽しみにしているテレビ番組もあるのではないか、という意見もあった。

 また、画一的に「読書の日」にすることには反対意見が多かった。学校や親が決めてさせるのではなく、子ども自身がその日の目標を設定するものにしないと効果が望めないし活動も長続きしないという意見だった。これは卓見だと、私も思った。

 

 この議論で述べられた意見を整理すると、おおよそ次のようになった。

(1)毎月特定の日に設定すると、保護者の職業上で実施が困難な状況が起きることが考えられる。また、特定の曜日に設定するのも、家庭の事情で実施ができなくなることも考えられる。毎月の実施日を共通にするほうが全家庭で意識づけしやすいこともあるので、共通実施日の前後を含めて各家庭が事情によって実施日を選択できるように柔軟な設定をすることが大事である。

 

(2)「読書を奨励すること」と「生活習慣を整えること」が一緒になった目標設定が望ましい。また、個々の子どもの現在の状況に合った目標設定ができるように、「易から難」に数種類のコースを設定してその中から子どもに選択させるようにするのが望ましい。

 

(3)目標設定は、子どもと保護者が話し合いをして決めるようにする。子どもに決めさせると過度に困難な目標を立てたり、反対に易しすぎる目標にとどまったりすることがある。保護者は、回を重ねるにつれて子どもがより高い目標に挑戦できるような助言をすることが望まれる。

 

(4)実施後に評価をする際、子どもと保護者が独自に評価できるようにそれぞれ評価欄をつくる。また、両者がひと言感想を書けるような記入欄もつくるとよい。

 

(5)実施用紙には、なぜこの活動をおこなうのか、その趣旨が子どもにも保護者にも伝わるよう説明を書いてほしい。

 

 ■ 「読書の日」試行版を始める

 

 PTA総会のこの日、私が発表することになっていた「読書の日」試行版は、文化部との議論を踏まえて学校内で練に練った提案だった。それをまず6月に試行してみて、再度保護者や子ども、そして教員から意見を募り、9月から本格実施する計画なのだ。

 

 PTA総会で、いよいよ私の出番がきた。私は、資料を持って発表席に立った。ちょうど正面に座っていたPTA文化部長と視線が合った。その文化部長は笑顔で少し頷いた。「きっとうまくいきますよ」と応援の声が私には聞こえた。(続く)

(浩)

 

※ 本稿は実際にあった出来事を素材にしたフィクションです。

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