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学校の四季⑱「新1年生入学説明会」(上)

 

■ 「学校説明会」と「入学説明会」

 

 年が明けると、学校は一段と慌ただしくなる。ひとつは、卒業生に関係する行事が目白押しだからだ。在校生による「卒業生を送る会」の開催、進学先の中学校との引継ぎや説明会の実施、卒業証書授与式の予行演習や卒業アルバムの制作もある。また、国公私立中学校への受験が始まる。

 

 もうひとつは、新入学児童に関する行事である。「学区制」の学校では、1月から2月にかけて「新1年生入学説明会」が行われる。「学校選択制」の学校では、それより前に「学校説明会」も開催される。「学校説明会」とは、その学校に入学を希望する児童の保護者に、年間の学校諸行事や教育活動を説明したり、学校評価アンケート結果などを活用して教育実績や学校の特色を説明したりするのである。

 

 それに対して「入学説明会」では、入学することが決まった新1年生の保護者に対して学校の紹介をし、入学までの日程表や準備物を解説したり、入学後に必要となる書類や物品を説明したりする。また、入学する児童には就学前心理検査を行う。

 校長にはこの会場で、保護者に入学への期待を高め不安を取り除くような話を手短に語りかけることが求められている。

 

■ 3段ボックスとランドセル

 

 私が校長として赴任した小学校には、全家庭数に対して「要援助家庭」の比率が高い学校もあった。その学校では私は、さまざまな課題や問題を保護者と相談するために担任とともに家庭訪問をすることが多かった。訪問先のアパートなどの部屋に共通していたことは、家具が少なく学習机もない住環境だった。ランドセルは畳の上に放り置かれ、連絡プリントやテスト類があちこちに散乱していた。本棚も本もなく、それなのにテレビの前には必ずゲーム機が置いてあった。私はまずこの環境を何とかできないかと思った。

 

 「新1年生入学説明会」に私は、「3段ボックス」とランドセルを用意して臨んだ。「3段ボックス」はDIYセンターで980円の特売品を買い求め自分で組み立てた。それに100円ショップでA4判プリント類が収まる書類かごも1個買ってきた。

 

 私は保護者に向かって話し掛けた。「入学してから当分の間は、1年生にはランドセルをどう片付けるのかその習慣をつけることがいちばん大事です」「学校から帰ったら、ランドセルから中身を全部出させて、この3段ボックスの上段には教科書とノートを、中段には予定帳とプリント類を、下段には学校から借りてきた絵本や本を置くようにしつけてください」「そして空になったランドセルは天板に乗せます。これを毎日続けさせてください」そう説明して私は、ランドセルから中身を取り出し実演して見せた。

 

「学校で出された宿題は、台所の食卓でおかあさんの見ているところでさせてください。学習机で勉強させるのは、自力で宿題をする習慣がついてからです」

 怪訝そうな顔をした保護者もいたので、私の言いたかったことが伝わったかどうかは少々心許なかった。

 

■ スーパーマーケットでの対話

 

 後年、その学校を転勤してからのことである。スーパーマーケットで買い物をしているときに、女性店員が私に近寄ってきて小声で呼びかけた。「校長先生!お久しぶりです」そして商品の説明をするかのようなそぶりをしながら、こう小声で話し始めた。

 

 「先生。入学説明会で話された3段ボックスのこと、覚えていますか?あのとき私は、初めての子どもが小学校に入学するので、どんなものが要るのか、どれだけお金がかかるのか、とても不安でした」

 「なんとかランドセルは買ってやれましたが、学習机を買う余裕はありませんでした。子どもからはせがまれるし困っていたのです。そのとき聞いたのが、先生の3段ボックスのお話でした」

 「あの説明会の帰りに私は、DIYセンターに立ち寄って3段ボックスを買いました。そして家に帰ると子どもに手伝わせて組み立てて、使い方を話してやりました。今日、学校で校長先生がそうおっしゃっていた、と付け加えて。それ以来、子どもは学習机を買ってほしいとうるさく言わなくなりました」

 「あの3段ボックスは今も使っています」

 

 私はこれまで会合や会議でさまざまな意見を言い建設的な提案もしてきたが、正直言えばそれが採り入れられるよりも徒労に終わることのほうが随分多かった。この母親との対話は、そんな私に自分の仕事の意義を改めて感じさせてくれた嬉しい出来事だった。(続く)

(浩)

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