
昼休憩に校長室の応接ソファーに座って本を読んでいたら、中学年の児童数人がドアの外からこちらをのぞき込んでいるのが目に入った。手招きをすると嬉しそうに「おじゃまします!」と言って入ってきた。
「どうぞ」とソファーに座るように促すと、にこにこして座った。校長室の応接セットは会議もできるように一人掛けのソファーが10台置いてある。ある担任が「座ったことのある子から座り心地がふわふわでとても気持ちがいいと噂が立ち、一度でいいから座ってみたいと言う子が多い」と話していたのを思い出した。
(なるほど。あの噂話は本当だったのか)と私は納得した。
だから子どもたちは、にこにこするだけで何も話さない。よほどクッションが気に入ったのだろう。私はせっかくの機会だからこの子たちになにか話を聞かせたいと思い立った。
「今日は、風船がみかんになった話をしようか」
子どもたちはすこし驚いた顔をしている。
「風船からハトが出てくる手品の話ですか?」
「ああ、マジックショーでパンッと風船が破れるとハトが出てくるあの手品ね」
「でもみかんが出てくるのは見たことない」
わいわいと子どもたちの興味は尽きない。そのうちある子が質問をした。
「みかんはいくつ出てくるんですか?」
「みかんはね、びっくりすると思うけど、だいたい300個出てきます」
「エ~ッ‼そんなにたくさんどうやって出てくるんだろう」
そこで私は話を始めた。
ある小学校で学校ができて50周年のお祝いをすることになりました。どんなお祝いをするか皆で考えて、「50年の誕生日です」と手紙をつけて紙風船を飛ばそうということになったそうです。その日はよく晴れて風もあり、色とりどりの紙風船は大空に一斉に飛んでいきました。
その翌日から学校には、いろいろな場所から「紙風船が届きました」「学校の誕生日おめでとうございます」とお祝いの電話や手紙が風船を飛ばした子ども宛に届くようになりました。そのたびに子どもたちは自分の手紙が届いたとたいそう喜びました。そのうち手紙はどんどん遠くの場所からも届くようになりました。紙風船は上空の気流に乗って山脈を越え、隣の県にまで届いていたのです。
ある日学校に大きな荷物が2個届きました。不思議に思いながら開けてみると、なかには手紙のついた紙風船が1個とこの荷物を送ってくれたおばあさんが書いた手紙とたくさんのみかんが入っていました。
「あっ。風船がみかんになった!」
「な~んだ。みかんはだいたい300個入っていました」
子どもたちは話の先読みをします。そこで私はこう切り返します。
「そのとおり。じゃ、どうしておばあさんはみかんをだいたい300個送ってくれたのでしょう?」
この質問にはさすがの子どもたちもすぐには答えを探せません。う~んと頭をかしげるばかりです。
「その学校の子どもの人数分送ってくれたんじゃないかな」とある子が言います。
「なるほど。でもその学校の全校児童は700名より多かったそうですから、全員に渡すには数がたりません」
私は話を続けます。おばあさんの手紙には、こんなことが書かれてありました。
ある朝、いつものように私はみかんを取りにみかん畑に行きました。すると、ある1本のみかんの木に風船が引っ掛かっているのを見つけました。なんだろうと思って風船を取ってみると手紙が括りつけられていました。
その手紙には学校が50年の誕生日を迎えること、そのお祝いに紙風船を飛ばしたことなどが書かれていました。そして、もし届いたらお返事くださいと、この手紙を書いた子どもの名前が書かれていました。
私はそのとき、きゅうに胸が熱くなるのを感じました。遠いところから風に乗って飛んできたこの風船がまるで宝物のように思えたのです。それで私は今日、この風船が引っ掛かった木に生っているみかんを全部摘み取って、この手紙を書いた子どもと学校に贈ろうと考えました。
それがこの箱に入っている温州みかんです。どうぞ皆さんで食べてください。学校のお誕生日おめでとうございます。
子どもたちは息を呑むようにして話を聞いていました。私はこう付け加えます。
「じゃ、最後の質問です。おばあさんはなぜ、この風船を宝物のように思ったのでしょうか?答えを考えた人はまた来週、校長室に来てください」
子どもたちはお互いの顔を見合わせた。
それから子どもたちは一列に並ぶと、「おじゃましました!」と言って礼をして、風のように校長室から去っていった。
(浩)