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学校の四季①「お母さんの質問」

 

冬の朝だった。

小学校の中庭で、薄氷が張っているビオトープ(観察学習池)を眺めていたら、中学年のかれんさんがやってきて、私にこう話しかけた。

「校長先生。夕べお母さんが理科の問題を出したんですけど、それが変なんです」

かれんさんは腑に落ちない表情をしている。

「一体どんな問題だったの?」私は訊ねた。

「あのね。お母さんが本を読んでいて突然、『氷が溶けたら何になる?』って訊いたんです。それで私、『それは水になるでしょ』って答えたら、お母さんは『そうよね』って言って私の顔を見て少し考えてからまた、『他には?』って訊くんです。変でしょ?」

 

 

「なるほど。それはおかしいね」と私は言い、

「それで、なんて答えたの?」と再び訊ねた。

「それで私、『冷たい水』って答えたんです。そしたらお母さんは笑ってました」

私も思わず笑ってしまった。

「これは校長先生の想像だけれど、お母さんは理科の問題を出したんじゃないと思うよ」と私は言った。

「え~!」とかれんさんは驚いて覗き込むように私の瞳を凝視し、

「それじゃ何の問題なんですか?」と訊ねた。

この様子を見ていた仲良しののぞみさんもやって来た。

「さっきの話でしょ。私も興味がある」とのぞみさんも頷く。

 

 

「つまり、お母さんは理科の問題じゃなくて、心の問題を出したんじゃないかな」

「心の問題ですか?」

「そう。かれんさんが心で想像したことを言ってほしかったんじゃないのかな」

かれんさんは、「合点がいかない」という表情で顔を傾げていたが少しして、

「つまりそれって、なぞなぞの問題みたいなものですか?」と訊いた。

「そうだね。そう考えてもいいと思うよ」と私は答えた。

 

 

2人はしばし考え込んだ。

冬の長く柔らかい陽差しがビオトープの水面にも届いていたが、表面の氷はまだ溶けそうになかった。

離れたグラウンドからボール遊びに興じる子どもたちの歓声が、校舎の間をすり抜けて響いている。

 

 

私は、かれんさんに質問したお母さんのことを思い描いていた。

聡明な母親だと思った。

母親のこの質問は、教育に携わる者ならばどこかで1度は聞いたことがある逸話だ。

しかし、よほどの読書家でなければ、専門職以外の人が知っているのは珍しい。

それとも最近、テレビのクイズ番組で採り上げられていたのだろうか。

 

 

私がこの話を初めて知ったのは、もう20年以上前、私がまだ担任教員だった頃のことだ。それは、滋賀県近江市にある重度の障害児施設『止揚学園』での先生と子どもとの問答だった。

「氷が溶けると何になる?」 と先生が問うと、

「春になる」

その子はそう答えたというのだ。

かれんさんの母親は娘に、この答えを求めたのではないか、と私には思えたのである。

人間にとって大事な知力とは、科学的事実だけではなく感性豊かな想像力にもあることを、かれんさんのお母さんは問うたのかも知れない。 私にはそのようにさえ思えてきた。

 

 

やがて休憩時間が終わるチャイムが鳴った。

2人は、「答えが分かったら、昼休みに校長室に行きます」と言うと、ぴょこんと頭を下げて教室へ戻っていった。

 

春の訪れには、季節はまだ少し早い。

 

 

(浩)

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