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先人が語る教育の智恵と本質⑧「人生で出合う本」

 

■ 読み継がれてきた名著

 

 人生で何度も読み返す本はそう多くはないだろう。つい最近、私はそんな本とふたたび出合った。週末に大型書店で書架を眺めていたら、平積みにされているその本が目に入った。『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)だった。しかもそこには漫画本と原作の新装版と文庫本が並べて置かれてあった。漫画本は発行部数がすでに100万部を超えているとポップに書かれていた。

 

 漫画本は原作とは構成を変えていて漫画の特長が巧く表れていた。それが現代の読者の心に響いたのだろう。もちろん原作に書かれているエピソードや情景そのものが、時代を超えて現代人に強く共感される力をもっている。そこがこの本が名著と言われる所以である。私がこの本を初めて読んだのは学生時代だ。今読み返すと当時は考えもしなかった感慨や思いが心に膨らんだ。当たり前のことだが、本はそれを読んだ時代や年齢によって読みとる意味が変わってくる。そして、私は『君たちはどう生きるか』を読み返して、自分がかつて異なる年代に読んだ2冊の本の記憶を思い起こしていた。

 

■『後世への最大遺物』(内村鑑三著)

 

 まず私の記憶に甦った本はこの本だ。

 内村鑑三が書いたこの本を私が先輩から紹介されて読んだのは30歳代のころだ。はじめは、著者とタイトルから古典で難解という先入観があり読むのを躊躇していた。ところがたまたま書店で、この本がワイド版岩波文庫に収録されている短編の講演録であることを知り、買い求め読み始めたのだった。そして深く感動した。

 

 先日、読書欄で『君たちはどう生きるか』の漫画本を描いた羽賀翔一さんのインタビュー記事を読んだ。そこには作品の構成を決めかねて悩んでいたとき、編集者から内村鑑三の『後世への最大遺物』を読むように紹介されたと書かれていて、私は驚き、また納得もした。つまり『君たちはどう生きるか』を読むと内村鑑三のこの本を思い浮かべる大人が少なくないということではないか、吉野源三郎も当然、古典として読んでいた筈だからその影響を受けているのかもしれないと、私は思ったのだ。

 

■『自助論』(サミエル・スマイルズ著)

 

 『君たちはどう生きるか』を読み返したときに、私が思い起こしたもう1冊の本が『自助論』(サミエル・スマイルズ著)である。この本は10年程前、教育講演会で著名な講師から紹介された。講演の終わり際に講師はこの本を手に持ちわざわざ演壇の前まで進み出て、こう言った。「私は自分のゼミに入った学生にこの本を読むように言っている、ぜひ皆さんの生徒にも紹介してほしい」と、熱心に語ったのが印象的だった。私はこのとき初めて、『自助論』が『学問のすすめ』とともに明治時代にベストセラーになった本であることを知った。出版された当時は『西国立志編』という書名だったと書けば、教科書に載っていたのを思い出す人もいるのではないか。講演会の帰りに私は早速、書店でこの本を購入し一気に読んだ。自分が読んだ本を学生に紹介したくなる気持ちがよくわかる優れた本だと、実感した。

 

 このように私は、3冊のこれらの本を連続した時期に読んだのではない。十数年から二十数年という時期を隔てて読んだのだ。それが『君たちはどう生きるか』を読み返したのを契機にして、3冊の読書の記憶がふたたび結び付き私の心に新しい感慨や思いを浮かび上がらせたのである。

 

 もしもあなたに中学生や高校生の子どもがいるのなら、この3冊の本をラッピングしリボンをかけて何かの記念日に贈るというのはどうだろう。贈られた方はタイトルに気おされてすぐには読み始めないかもしれないが、いつの日か読み終えたときにその胸のなかに大きな勇気と希望が湧き上がってくるのを感じるのにちがいない、と私には想像できるのだが、あなたはどう思うだろう。

 まずはあなたに是非読んでほしい。

(浩)

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