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先人が語る教育の智恵と本質⑥「言葉が人生を開く」

■ 卒業文集に書かれた「将来の夢」

 

 スポーツ選手が国際大会で優勝したり活躍したりすると、その選手が小中学校の卒業文集に書いた文章がメディアに取り上げられることがある。有名なイチローや北島康介選手の文章をご覧になった方も少なくないだろう。メジャーリーガーや金メダリストが卒業文集に書いた「将来の夢」。それは子どもたちに夢と感動を与える。活躍したアスリートは幼いころからその夢に向かって懸命に努力していたのだ、と。

一方でこれは一握りの天才の成功事例であって多くの子どもたちの「夢」が実現したかどうかは別だという意見もある。この意見は、実現しなかった「将来の夢」の方が圧倒的に多いのではないかという評価とも言える。

 

 しかし私は、教え子たちの現在の姿を見て、メジャーリーガーや金メダリストは目標にしていなかったものの、卒業文集に書いた夢を追って形を替えて夢を実現している教え子が少なくないことを知っている。「夢」を実現したのは決して一握りの天才だけではないのである。私はそこにこそ卒業文集に「将来の夢」を書く意味があるのではないかと思う。

 

 

日本の教育の歴史で連綿と続いてきた卒業文集づくりという教育実践は、もともと児童生徒に「生きる目的」を問うて考えさせるものだったのではないか。それを子どもの発達段階に応じて、「夢」や「職業」に置き換えて書かせてきたのではないか。

 「夢」を書き記すことは、人間の成長にとってやはり大切な行為なのである。

 

■ 言葉が人生を開く

 

 卒業アルバムに「好きな言葉」を書かせる取り組みもある。学級ごとに色紙の上に輪になるように各人が好きな言葉を書いていくことが多い。よくある取り組みだが、その意味するところは深い。

東洋には「座右の銘」という言葉がある。「常に自分を高めようと心がける人が、折に触れて思い出し、自分のはげまし・戒めとする言葉」(『新明解国語辞典』による)である。

    

古来、「座右の書」とともに「座右の銘」を持つことが人間の成長にとって欠かせないことを東洋の先人・先達は説いてきた。これは東洋に限らず人間の歴史に共通して語られる考え方でもあるようだ。曰く、人間の成長に必要なのは「よき師、志を同じくする友、よき書、己を導く言葉」だというのである。

 

 2017年のノーベル経済学賞は行動経済学者のリチャード・セイラー教授が受賞した。教授がかつて来日したとき、まず東京丸の内にある『相田みつを美術館』を訪問したという記事が最近、経済誌サイトに再掲されていた。相田みつをの書と言葉から感じる人間の弱さと強さ、人生の苦悩と真実は、多くの日本人の心を打つ。その書と言葉に米国のノーベル賞経済学者が深い関心を寄せるのはなんとも不思議な組み合わせではあるが、つまり相田みつをの言葉には人間の本質が表れているからだと、私は思う。

人間は、常に合理的で最適な選択をするのではない、相田みつをの言葉「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」は行動経済学そのものだと、セイラー教授は言っている。

 

「その言葉が人生を開いた」そんな言葉に出会えた人は幸いである。

 自分の人生を切り開いたその言葉が偉大な哲学者の言葉であったか、あるいは市井の人がふと呟いた言葉であったかは、問題ではない。その言葉が、自分の琴線に触れ心の奥底に灯を点してくれたかどうかが問題なのだから。

 

 子どもたちが夢を書き記し好きな言葉を心の支えにして生きるのは、素晴らしいことである。

(浩)

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