» コラム

元・公立小学校の養護教諭 妖怪先生のつれづれ話②「あんた、何おせる(教える)んだい?」

古い木造校舎とピカピカの床

4月1日、緊張と期待に心を張り詰めさせて、K小学校に着任した私を迎えてくれたのが、とても広い緑豊かな裏山を抱える「100年を超えた木造平屋の校舎」でした。明治の学校さながらの造りで、窓はゆがみ、正直いって私が思い描いていた校舎とは違い、大変驚いてしまいました。

 

しかし、もっと驚いたのは、古い木造建築にもかかわらず、床がピカピカに磨かれているのです。これは、50名の児童が一生懸命磨いたとのこと。この話を聞き、私は胸がいっぱいになったことを今でも思い出します。そして、10名の教職員たちによる暖かい歓迎の食事会で、緊張した私の心を溶かしてくれました。

 

さて、歓迎行事の後はさっそく教職員会議です。会議の内容は、新人の私にとってはちんぷんかんぷん……。でも、ひとつでも覚えなければと必死に聞きました。学校内の仕事の分担である校務分掌も8つくらいさっそく与えられ、ついに怒涛(?)の教員生活がスタートしました。

 

 

50人の子どもたちの学校でも、仕事は山ほど!用務員さんのおにぎりは涙の味

新学期が始まりました。

 

いよいよ私の物語の中に、子どもたちが登場します。

 

まずは新任式。校長先生から50名の子どもたちの前で紹介され、私の自己紹介をしました。もう今となっては、自分で何を話したかは全く覚えていません。

 

しかし、1つだけ鮮明に覚えていることがあります。それは、子どもたちが「一抱えほどしかいなかった」ことです。

 

「えっ?これだけ?」

 

50名がこれほどまでに少ないとは思っていませんでした。

 

「よし、全員の名前を1か月で覚えるぞ!」

 

私は、まずこれを最初の自分の目標としました。そして、いよいよ私の学校生活の開始です。

 

4月から6月にかけて行う、定期健康診断月間が最初の私の大仕事です。身体計測から、内科検診、歯科検診、各種検査などを実施します。なにせ、すべてが初めてのことでやり方が分かりません。実施計画作りから学校医の先生との関係作りまで、先輩養護教諭の先生方からアドバイスを頂き、毎日夜の10時過ぎになるまで仕事をしました。

 

 

こんな私を心配して、8時頃になると、近くに住んでいる用務員(今は労務主事と言います)さんが、時々大きいおにぎりを作って食べさせてくださいました。 その、おいしさと言ったら言葉になりません。恥ずかしい話ですが、それを食べながら涙したこともあります。

 

心が乱れる日々……しかし、そんな私に

ともあれ、春の大きな行事は何とか見様見真似(?)で終了しました。しかし、私の仕事は養護教諭の仕事だけでなく、給食関係や購買部などの仕事も山ほどありました。本業である養護関係の仕事を何とか終わしても、後からどんどんと迫る仕事になかなかついていけず、体と心はくたくたになっていきました。

 

「私、仕事が続けられるのかな?」という思いが日々募っていき、心乱れる日々が多くなりました。

 

そんな時です。私の心を溶かす出来事が二つありました。

 

一つ目は、怒涛の半年が終わったある一斉下校の日の出来事です。子どもたちが帰宅した後、校長先生や数名の先生方と校庭でよもやま話をしていました。

 

そこへ3年生のО君が小さい女の子を連れて遊びにきました。彼は学校から家が近いので毎日下校後に遊びに来ていたのです。その女の子は、5歳になる彼の妹でした。彼女はお菓子を食べ食べブランコなどに乗って遊んでいましたが、何を思ったのか私たちの方に来て、校長先生を指さし「あんた、誰だい?」と言ったのです。

 

О君は「バカ!校長先生だぞ!」と驚いて彼女を制します。しかし妹は「校長先生?何だいそれ?」と彼女は怪訝そうな顔で言います。

 

「校長先生は、学校で一番偉い先生なんだぞ。」と言うと、彼の妹は、

 

「そんじゃ、あんた何おせん(教える)だい?」

 

校長先生「……」

 

校長先生はもうびっくりして言葉がでませんし、私たち教員は大笑いしました。О君は、顔を赤くして、謝りながら別の遊具に妹を連れて行ってしまいました。妹さんの口調は、おじいさんやおばあさん言葉そのもので、私は大切に育てられた彼らの家族をありありと思い浮かべ、心が穏やかになれました。

 

二つ目は、放課後での私と校長先生の職員室でのお話です。

 

私と校長先生は、窓越しに校庭を見ながら話をしていました。すると、職員室に向かって2年生のA君が来ました。彼は鼻水を垂らしながら口をもごもごしています。

 

校長先生が、「あれ、先生(私)のお友達がきますよ。」と言い、私は、「あら、校長先生のお友達ではないですか?」なんて冗談でこんな会話をしていたら彼は窓をノックしました。

 

窓を開けると、彼は鼻水を服で拭いながら、手にしっかり握っているものを私たちに差し出したのです。

 

「先生、これあげる。」

 

それは、一粒の「飴」でした。

 

しかし、その飴は、紙などに包まれておらず、むき出しでべっとりと手についています。一瞬、校長先生と私は、目を合わせて、お互いに「どうぞ、どうぞ」と進め合ってしまいました。 結局、校長先生がありがたく(?)いただいたのですが……。

 

彼が帰ったあと、私たちは「これどうしようか?」と笑いながら話し合ったのです。でも、お菓子が好きな年ごろの彼が、飴を一粒、大切に握りしめ、私たちに差し出してくれる姿がいじらしく、何とも言えない気持ちになりました。

 

これらを代表とするエピソードが、くたくたで自信を失った私にとって「栄養剤」となったのは間違いありません。

 

そして、自身の体に力が湧くのを感じました。

 

「この子たちのために何かをしよう」

 

と強い決意が生まれたのはこの時からでした。

(元保健室の妖怪先生)

スポンサードリンク