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元・公立学校の養護教諭 妖怪先生のつれづれ話⑬「妖怪先生、発達障害の子と出会う」

「自閉症スペクトラム障害」を持つ転校生

ところで、K小学校を3年間お世話になり、隣町のО小学校に異動した2年後、私は、初めて発達障害を持つ子との出会いがありました。

 

今でこそ、「発達障害」という言葉が一般的に聞かれるようになりましたが、その当時(かれこれ20年くらい前)は、私自身、教職についていながらもかなり認識不足の分野でありました。

この転校生は今でいう「自閉症スペクトラム障害」を持っていました。

自閉症を少し知識と知っていたものの出会ったことはありませんでしたので、あまりピンときませんでした。

そこで、転校してくる子は「かなり特性の強い子」との情報もあり、職員のための「発達障害」の研修が行われるようになったのです。

 

さて、そんな準備をした翌年の4月。自閉症スペクトラム障害と診断された女の子が6年生に転入してきました。

 

名前をSちゃん。身長が140㎝くらいのとても小柄な痩せた子でした。

彼女は行動が、かなりハイパーなものであることで、「落ち着いた環境で学習する方がよい」という教育委員会の指導もあり、彼女付きのスタッフМ先生を配置してくださいました。

そして、学校では、落ち着いて学習できる小さな小部屋を作りました。

 

Sちゃんは、転入初日から、かなり落ち着きのない行動をとりました。

環境が変わったのも一因と思います。

しかし、それ以上に、彼女の中に育っている「特性」や「持ち前の好奇心」が、いろいろな行動につながったのだと思います。

 

転入してから2~3カ月は、ほとんど毎日が、Sちゃんとの「追いかけっこ」となりました。

 

それは、外へ飛び出し消防団に設置してある「やぐら」に上ったり、体育館の天井に上ったり、突然校庭に飛び出して用を足したり……と、突飛な行動で私達はかなり振り回されたのです。

 

私は、驚きながらも彼女の行動の意味するものをМ先生と考えてみました。

そこで、出たものは、「Sちゃんは高いところが好き」「校庭で用をたすのは、私達に対する試し行動ではないか」との意見でした。

 

そこで、同様の事を何回も繰り返すSちゃんに、本格的な教育方針を作り実施することにしました。

それは、「ダメなものはダメ」自分と周りの安全を脅かす行為は徹底して指導することを基本として、黒板にいくつかの約束を書き、彼女に見せて、読ませて覚えさせる事でした。

たとえば、「休み時間にトイレに行く」「教室を飛び出さない」「花壇の花を食べない」等々安全面での覚えられる最低限の約策です。

 

これらは、以前の学校でできなかったことです。

この基本的な事を「1年間でできるかな?」との不安がありましたが、本人のためにもやるしかありません。

そのため、これらの習得のために、毎日がSちゃんとМ先生、そして私の戦いとなっていったのです。

 

М先生は、Sちゃんだけの対応で、教科指導や生活全般すべてにかかわることになっています。

しかし、Sちゃんのハイパーな行動が、毎日でしたのでかなり疲労困憊してきました。

そんな時は、時々私が介入したりして、SちゃんとМ先生のクッション役になりました。

 

このような取り組みの結果、Sちゃんに少しずつ行動に変化が生まれて来ました。

心を開いたことはもちろんですが、半年も過ぎると机に向かって静かに学習する場面がみられるようになってきました。

 

それと並行して、交流で在籍しているクラスでの授業にも少しずつ落ち着いて学習することができるようになりました。(4月に在籍クラスに行った時、彼女は、縄跳びの縄をぐるぐる振り回し挨拶をして、教室中を悲鳴の嵐にしたくらいです。)

 

彼女には絵が得意で、これは交流クラスの友達も多いに賞讃しましたので、とても気分がよくなったのでしょう。そして、体育なども一緒にできるようになり、最後まで上手には友達と交流はできませんでしたが、教室で暴れたりせず、友達の話を聞けるようになっていったのです。

しかし、月日の流れは速いものです。あっという間に卒業式の話がでる季節となりました。

実は、卒業式の練習は、ほとんどみんなと同じようにはできず、どうしたものかとМ先生は悩んでいました。私も心配になり、何回も練習風景を見に行きましたがやはりできないのです。

そして、本人はどうしてよいかわからずパニックになっている様子。

「本番は無理かな……」とふと頭をよぎりました。

 

そして、卒業式当日になりました。

一人ひとり名前を呼ばれ、壇上で証書をいただきます。

「どこをどう歩くか」「証書の受け取り方」「どこを歩いて自席にもどるか」

本人の頭にどのくらいインプットされているか、職員全員ドキドキでした。

 

そして、Sちゃんの名前が呼ばれました。

やはり、Sちゃんは、名前を呼ばれて元気に返事をしてその場に立ったのはよかったのですが、自席の前でうろうろするばかり。

 

「さあどうする?」と思った瞬間、となりの子がポンとSちゃんの背中を押したのです。

そのため、Sちゃんの体は動きました。

そして、歩く方向に座っていた子ども達が、次々に「ポン」「ポン」と背中を押して階段付近まで誘導したのです。

階段をみたSちゃんは練習を思い出したのですね。

しっかり上って証書をもらい、教頭先生と担任の誘導で無事に自席につくことができました。

 

無事自席にたどり着いたSちゃんを見て、先生方はあっけにとらわれながらも涙涙でした。

 

多くの卒業式を経験してきましたが、このような感動は今までになかったです。

それと同時に、周りの子ども達のSちゃんに対する心配りに感服した瞬間でした。

そして、この経験が後に特別支援コーディネーターとしての役割をするきっかけとなったのです。

(元保健室の妖怪先生)

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