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元・公立学校の養護教諭 妖怪先生のつれづれ話⑪小学校に戻って改めて知った「生きる力の大切さ」

行政から小学校へ異動した「浦島太郎」状態の妖怪先生

自然の家での楽しいお仕事の時間はあっという間に過ぎ、私はK小学校という全校170名の小規模小学校に再び異動となりました。長い間行政にいたため学校現場に戻った私は、まるで「浦島太郎」の感じがしました。

 

というのも、自然に家にいる間に「学校保健安全法」という法律の内容の一部が「ガラリ」と変わってしまっていたのです。

 

私は、とても焦り、とにかく、近隣の学校の養護教諭仲間に電話をかけまくり、新しい「学校保健の推進」について問い合わせをしながら、新しい小学校でのスタートを切りました。

 

しかし、思ったより、私には適応力があったようです。意外とは妬く、新しい法律に基づいての仕事にも慣れて、それに合わせて子どもたちとの交流のスムーズにいきました。御多分にもれず、人懐っこい素直な子どもたちでした。

 

仕事に少し時間に余裕が出たころ、子どもたちと一緒に遊ぶように心がけていて、いつの間にか私は子どもたちの恰好の遊び相手になっていたのです。

 

そんなある日、いつものように子どもたちと遊んでいたら、数人の児童が転んでひざをすりむいてしまいました。その中のひとり、4年生のU子さんが、大泣きに泣き動かなくなってしまったのです。大きなけがではなかったため、一緒に遊んでいた児童たち見守っていましたが、彼女はなかなか起き上がりません。

 

周りは大騒ぎとなり、ついに子どもたちは保健室の先生である私を呼びに来ました。

 

私は、ゆっくりと彼女に近づき言いました。

 

「痛かったね。でも泣いていても解決しないよ。まず、水道でケガをしたところを洗いなさい。そして、私のところに来て。消毒をするから」

 

すると、彼女は、「できない。洗えない。」と言うのです。

 

私は、びっくりしました。

 

でも、「自分のことは自分でできるようにさせなければ」と思い、やり方を教えて、いやがる彼女に無理やりやらせたのです。彼女は、泣きながらも仕方なく?やっていましたが、手当て後もしばらくは泣き続けていました。

 

そうこうするうちに、暑い夏休みが過ぎ9月に入り、子どもたちが待ちに待った運動会が開催されました。その日は、とても天気がよい日で、子どもたちは、朝から全力でプログラムをこなしていきました。

 

そんな中、4年生の徒競走が始まりました。

 

その時、私は救護のポジションにはおらず、救護コーナーからさほど遠くない保護者の役員方々が大勢いたところで一緒に見ていました。

 

すると、前述したU子さんが、走っている途中で転んだのです。保護者の方々は、みんなそろって悲鳴?を上げ、すかさず「救護はどこ?」と叫び声を上げたのです。

 

後ろにいた私は、ゆっくりと「ここにいます。」と答えました。そして、「彼女は、立ち上がるでしょう。最後まで走ってからここに来ると思います。私はそれを待っています。」と言いました。

 

すると、彼女は泣きもせず、走り終わったら水道で足を洗い、救護コーナーへ来たのです。保護者の方々は、U子さんの行動をみて、「見届けることって大切なんですね。」と言ってくれました。

 

私は、彼女の行動をほめ、丁寧に手当てをしました。彼女は、満面の笑みで「大丈夫。今度は綱引きがんばるよ。」と言って自分の席に走って戻って行ったのです。

 

自分で考えて行動する力を養ってほしいという思い

実は、この小学校に着任して、しばらくして気になることがあったのです。それは、「子どもたちの依存心が強い」「自分で考えて行動する力が弱い」という事です。また、チョットした困難にも打たれ弱いところもあり、このことは、私が自然の家にいた時にまさに感じたことでもありました。

 

そこで、私は、意識的に子どもたちと接する中でできる範囲で、「子ども自身が自分で考え、行動する時間」を作ることにしました。

 

保健室での交流の時間、遊びの時間、委員会活動、授業等、学校での活動の各場面で、できる範囲で「自分で考え、考えた事を行動して、失敗したら再考してもう一度行動する」ことができるように環境を整備していきました。

 

正直言って、このことを実践するには、私自身とても忍耐が必要でした。

 

しかし、この対応が子どもたちに少しずつ浸透していきました。

 

今の時代、私達大人は、過保護や過干渉などで、子どもに、ついつい手や足を出しすぎて、子どもの「自主性・創造性・忍耐力」を奪っている感じがするのです。

 

これは言い換えれば「生きる力」です。

 

子どもたちにとってこれからの時代に必要な「生きる力」

 

私達大人は、子どもと向き合う時、この「生きる力」をどうつけさせるか考えながら対応していかなければならないのではないか・・・と考えさせられた出来事でした。

 

そして、これもその後の私の目標のひとつとなったのです。

(元保健室の妖怪先生)

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