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学校の四季⑩「かまどベンチの炊き出し訓練」

■ 校庭の「かまどベンチ」

 

 小学校のグラウンドの一隅に「かまどベンチ」が2基ある。耐火煉瓦を組み上げたもので焚口はそれぞれ3口。

 春には5年生がキャンプの事前学習として飯盒炊さんの火起こし体験をする。冬には学校に併設された公民館が主催して地域住民が防災演習の「炊き出し訓練」をする。

 いずれやってくる東海、東南海、南海トラフ大地震を想定して数年前、学校と公民館そして校区の自治会が連携して自分たちの手で造ったのである。

 

 中心になったのは左官店を営む地域住民で、その専門職能を生かして設計から材料の調達まで采配を振るってくれた。

 いちばん苦労されたのは、耐火煉瓦を素人でも正確にまた短時間で組み上げられるようにするにはどうすればよいか、だったという。それでベニヤ板で「煉瓦用型枠」を作った。煉瓦を積み上げる場所が記入されたいわば実物大の立体立面図である。

 この型枠の効果は絶大で、下写真の小学生が2人座っている「かまどベンチ」は工業高校の生徒会役員が造ったもの、写真左側の1基はPTAや地域の大人が造ったもので、どちらも1日で仕上がった。(基礎部分は別)

 

 

■ 阪神淡路大震災の語り部に学ぶ

 

 そもそも「かまどベンチ」が必要なのではないかと私が考えたのは、公民館で開催された防災講座で、阪神淡路大震災で被災した女性の語り部の話を聞いたのがきっかけだった。

 

 語り部の話は大地震当日早朝の生々しい状況から始まった。激震のあと気づくと寝ていた自分の布団の上に洋服箪笥が倒れていた。しかし不思議なことに自分の身体に大きな怪我はなかった。地震の衝撃で箪笥の観音開きの戸が開き、そのまま倒れたので扉が作ったわずかな空間に自分の身体がすっぽり収まっていた。生死の分かれ目はそのほんのわずかな隙間にあった。

 

 近くの公園を避難場所にした彼女は、被災住民が夜の寒さに凍え暖かい飲み物や食べ物を求めていることに気付いた。そこで彼女は仲間と、がれきの中からドラム缶や業務用の大鍋を拾って持ってきた。ドラム缶をかまどにして火を起こした。薪にする木材は付近にいくらでもあった。お湯を沸かしてカップラーメンや温かい飲み物を配った。被災住民に笑顔が戻った。

 

■ 炊き出し訓練で考えたこと

 

 自治体の防災訓練があり、私の学校では炊き出し訓練が行われた。保存期限が迫っていたアルファ米でのおにぎりの炊き出しと、それだけでは数が足りないので通常米によるおにぎりの炊き出しもすることになっていた。自治体の職員が公民館の前に、非常用炊飯装置を設置して担当の参加者が通常米の炊飯を始めた。次にアルファ米に使うお湯を沸かそうとしたが焚口はひとつしかない。ご飯が炊きあがるまで待たなければならない。

 

(これでは間に合わないな)と私は思った。

実際の災害時にはもっとかまどがいるのではないか、と想像したのである。

 それで後日、公民館の運営委員会に提案して「かまどベンチ」を造ることになった。それも2基だ。1基では災害時にはとても足りないと考えた。

 

 「かまどベンチ」が完成してからPTAと公民館が共催した炊き出し訓練では、おにぎりと豚汁の炊き出しを行った。学校の家庭科室の大鍋や飯盒などを使った。火勢も強く十分活用できることが確かめられた。

 阪神淡路大震災でライフラインの復旧にかかった日数は、電気が7日、電話が15日であったのに対して、ガスは85日、水道は3か月であったという。「かまどベンチ」の必要性はこのことからも明らかである。

 

 阪神淡路大震災では次のような教訓が残っている。

「やったことはできる。やっていないことはできない」

 この教訓は、訓練や準備がいかに大事かを私たちに教えてくれている。

(浩)

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